建築学生へのアドバイス

建築学生におすすめしたい小説15作品を厳選!

以前のブログで建築やデザインに関する本のご紹介をしましたが、私個人としましては、専門書関係だけでなく、小説も読んで欲しいなという気持ちがあります。ということで、今回は時間のある建築学生におすすめ小説をいくつかご紹介します!一応私なりに、建築と関係してくる話題があり、かつ上質な小説をピックアップしました。是非手にとってみてはいかがでしょうか?

日本の小説

五重塔

「世界の安藤」こと建築家安藤忠雄が推薦していたこともあり、読んでみました。五重塔の建立に身を捧げる宮大工の話です。登場人物の一人である職人気質な大工の十兵衛は、人間関係に不器用なところがたまに傷ですが、愚直に自分の腕を信じ、職人道を突き進む姿が読んでいて胸が熱くなります。彼の仕事の手ぬかりのなさは職人の鑑です。彼とは反対に義理人情を重んじる親方大工の源太のもつ気質がまた読んでいて気持ちがいい。五重塔づくりを巡ってのこれら二人の対比が、文語体でリズミカルに描かれています。一見読みづらそうなのですが読み始めるとなぜか引き込まれます。これが文豪と呼ばれる小説家のもつ筆力なのでしょうね!

美しき町

こちらは建築好き小説家でもあった佐藤春夫による趣向が溢れでた作品です。そこには建築家へのあこがれがかなわなかったはかなさが美しい小説で表現されています。ミステリー風な味わいもとても魅力的ですね。ストーリーは主人公である青年画家が資産家となった知人からある「美しい町」をつくるという計画の協力を依頼されることからはじまります。自らの資産を投じて東京のどこか隔離された場所に家を100軒建てて町とし、特定の条件を満たす人に無償で住んでもらうという理想郷プロジェクトは主人公と同様に読者を魅了させます。主人公は、その街づくりのための敷地を探し建築技師を誘ってプロジェクトにのめりこみます。3人で集まっては建築技師が設計図を引き、主人公はそのイメージを水彩画で描くという作業が夜な夜な続けられていくわけですが、その先には衝撃のラストが待っています。それは読んでみてのお楽しみということで!

※佐藤春夫、美しき町・西班牙犬の家 他六篇(岩波文庫) にて掲載

巨大な家に住む家族を描いた小説です。小説舞台がなかなか不思議でして、まず家には各階にいくつかの世帯が住んでいて、なぜか下階の住民は上階へは行くことができません。家のまわりは広い海に囲まれ、最上階には長老が住んでいるといます。集合住宅のようでありながら、また集落のようでもある設定となっています。主人公は一階に住んでいる少年。彼はもちろん上の階にいったこともないし、気になっている近所の女の子とも交流をもつことができずにやきもちした気持ちをかかえながら日常をおくっています。家に食料を届け、家の住民である年の若い男たちを乗り込ませるに来る伝馬船の行き先も彼にはわかりません。自分の知らない外の世界や他者に興味を強く持ち始めた少年は、後に自分の家族に対し言動をあらわにしていきます。家という限定した閉鎖的な空間が遠い未来の話みたいでありながら昔話みたいな、より多義的な想像力をかきたてます。

筒井康隆、新潮文庫「家ヨッパ谷への降下―自選ファンタジー傑作集」に掲載

火山のふもとで

建築設計事務所の新人所員である主人公とそのボスである建築家の交流を描いた小説です。リアルな建築と設計に関する美しい文章が小説の世界観をかたちづくっています。小説をとおして語られる建築家の言葉もまた素敵ですし、小説舞台のひとつとなっている軽井沢の風景とそこに住む人たちのとの交流、山荘で流れる音楽とスタッフで食す美味しそうな料理などもこの小説の魅力です。ストーリーのなかでは設計競技の参加作品をスタッフ一丸となって作り上げたりするシーンなんかもあり、建築経験者としては興味深く読み進めることができます。著者の建築に関する見識も素晴らしく、私自身、専門家として描写などを気にすることなく小説に没頭することができました。

青木淳選 建築文学傑作選

こちらの本は、青森県立美術館の設計で知られる青木淳さんがセレクションした小説集です。

本で紹介される短編小説の数々は彼自身が建築的だなというふうに感じた作品、表題のごとく建築文学が掲載されています。でもこれらの作品は建築に着目されるというものではなく、建築家も主人公として登場しません。では建築文学とはどういうことを彼が言っているのかというのが最後に評論としてまとめていますのでごらんになってください。小説に対する読者のとらえかたは様々でその思考の過程が面白いと思っている私にとっては建築家が小説をどういう視点で読んでいるかを知ることができる 非常に興味深い文章となっています。建築が大好きで小説も大好きという方にはたまらない一冊ですね!

海外の小説

アウステルリッツ

建築史研究者アウステルリッツと私との出会いと交流が描かれているこの小説は、私が彼の聞き手としておもに存在し、ストーリーは進んでゆきます。アウステルリッツが訪れた古い駅舎や裁判所、監獄など様々な建築物をもとに繰り広げられるエピソードの数々は、そこにたたずむ沈黙を拾い上げ、彼自身の過去を支えます。章分けや段落が少ないわりに膨大な知識と思索がぎっしり詰め込まれた密度の高い静謐な文章とその端々に挿入されるモノクロ写真。「~とアウステルリッツは語った」というフレーズが多用された語り口。それらは読み手にひっかかりを与えながらも書かれている現在と過去を結び付け、読んだ端から文字がかき消えていく感覚に陥ります。小説なのか、散文なのか、フィクションなのか、そうでないのか、その境界のあいまいさが魅力的な作品です。

ヴェネツィア 水の迷宮の夢

この本は詩人である著者自身のヴェネツィアを訪れた滞在記なのですが、小説とも読むことができる書物になっています。17年もの間、決まって冬の時期に訪れていた著者は、都市の心象風景を水、そして光をモチーフに描いています。多彩な隠喩や著者の皮肉めいた断片的なエピソードが都市に今も巡らされている水路のように展開されます。

私自身もヴェネツィアに訪れたことがあります。満潮から引いた後の濡れた薄暗い石の路地を彷徨い続けたこと。都市の生活に隣接した水路をゴンドラで渡ったこと。橋で渡ったこと。湿り気を帯びた風を感じながら奥へ奥へと進んでいったこと。現実の都市を描いているとは思えないような浮遊感におそわれた記憶があります。この本はその都市の空気が閉じ込められています。

ガラスの街

ニューヨークのマンハッタンという都市は街区が碁盤上になっています。この街、一見わかりやすそうなのですが、実際訪れて自分の足で歩いてみると、自分の今いる位置に混乱してしまったりすることが多いです。

この小説は、そんな虚像や歪が見え隠れするニューヨークの街を舞台に、主人公である探偵が依頼された尋ね人を探し、迷い歩くというものです。ストーリーのなかで彼はマンハッタンの街区を歩きまわりながら自分の内面、つまり思考や感情に問いかけはじめ、徐々に大都市に取り残されてゆきます。そんなストーリーをナビゲートするのが、まるで都市の雑踏を主人公がすたすたと歩く歩調にあわせたような文体です。これがストーリーにひそむ孤独、喪失感を研ぎ澄まし、都市に生きることへのどこか漠然とした不安感や匿名性をも表現しているかのようです。

バベルの図書館

この小説は無限に本が存在する図書館が舞台となっています。図書館はあらゆる言語の本が収蔵された無限大の空間として読者の前に立ちはだかります。館内は巨大な換気孔や六角形の回廊等といった具体的な空間描写が出てきたと思うと、書棚のある回廊が、上下左右に連続して展開されてゆきます。その世界観はもはやSF小説といってもよいでしょう。架空の図書館を宇宙にみたて、言葉によって構築されたその無限性は、読者、そして著者までもを覆う現代でいうインターネット世界の未来を予見しているかのようです。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス、「伝奇集(岩波文庫)」に掲載

万里の長城

「変身」や「審判」でおなじみの作家フランツ・カフカが中国を題材に書いた物語です。小説は現在観光地として有名なあの万里の長城について、技術者(今でいう現場監督なのでしょうか)が工事過程の視点から自身の考えを綴っています。それは建設方法についての考察や築城論から始まり、万里の長城自体の存在意義、そして皇帝や民衆批評につながってゆきます。私たちが周知しているカフカ作品とくらべこの小説は非常に骨太なものとなっていて、実体として存在する建築を評することでひとつの小説を生み出しています。

フランツ・カフカ「カフカ短篇集((岩波文庫)」に掲載

地図と領土

主人公が現代アーティストの物語です。この小説のなかで作り出す芸術作品の表現描写がすばらししいです。。彼の作り出す作品はほとんど視覚を主にしたものなのですが、それが見事に文章で表現され、実際に作品を鑑賞している気持ちにさえなりました。そしてこの小説での醍醐味は、登場人物を通して繰り広げられる作者の偏愛にも近い社会に対する考察です。それは様々な分野の視点から語られ、ストーリーに組み込まれていることに作家の力量を感じます。特に大手の設計会社の経営者である主人公のお父さんは彼の創作活動のキーパーソンであります。彼らの会話からは、若い頃はデザイナーであるウィリアム・モリスに憧れた話や近代建築の巨匠ル・コルビュジェに対する批判などが触れられている部分は読み応え抜群ですね!

黄色い雨

こちらは一人の男の死を彼が生活していた家や村の消滅にかさねて描かれている小説です。語り手である男の回想や死に行く過程がそこには書かれていて、死者の視点となって描かれている設定が、孤独による生死、昼夜の境界をあいまいに表現しています。季節のうつろいのなかで廃墟となり朽ち果てていく家と村。村をはなれていく人やそこで死んでいく人。ポプラの枯葉とともに降りしきる黄色い雨と深い沈黙の中に消えていく記憶。死がそこかしこに漂う退廃的な状況にもかかわらず、詩人である著者の透明感溢れる文章によって美しさを感じます。建造物が計画され施工され、改修される行為や過程も建築なのであれば、それが廃れてい状況も建築なのでしょうか。

南部高速道路

この作品は、高速道路渋滞に巻き込まれた人々の不条理を描いたお話です。しかもなぜか渋滞が何日も続くという、ありえない設定。登場人物たちはその状況下において人々は協力し、コミュニティを営みはじめます。人名が一切挙げられておらず、全てその人物たちが乗っている車種で呼ばれていて記号的です。高速道路上という車の連なりからなる避難生活のような集落的関係性。その閉鎖された世界で生きる人々の様子がなぜか滑稽で、現代社会を暗示しているようにも感じます。ラストの描写も印象的です。この仕掛けが都市社会における孤独感、寂寥感をあおり、車が走っていくという移動空間と呼応し、その余韻がものすごかったですね。

コルタサル、「悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集(岩波文庫)」に掲載

粗い石 ル・トロネ修道院工事監督の日記

修道士でありながら建築家の魂を持った人物の、僧院建築の工事監督としての日々を綴った日記という形の小説です。正直とても読みづらいです。翻訳が悪いのか、文のフォントが悪いのかよくわからなかった印象がありますが、逆にいうと、この読みずらさ、つらさが、この日記の中の苦労を物語っているようにも感じられたという見方もできました。教会と職人の間に立ちながら、時には修道士、時には現場監督として振る舞い、その葛藤の中を力強く生き抜く主人公の姿は現在だからこそ仰ぐべき建築家像です。

おまけ:絵本

猫の建築家

私は猫好きなのでとりあげてみました。詩的な言葉で語られる猫の建築家としての哲学。古いまちをながめらがら、まちを想う猫そして移り変わる季節。もしかしたら猫は猫なりに自分のいる世界を私たち以上に大切におもっているとともに、その変わっていく景色や未来を暗示しているのかもしれないなと想いました。猫は職業としての建築家ではなくとも、そのまちを形成するためのあるピースであるのかもしれませんね。イラストも非常に素敵です!

まとめ:小説を読んで他者を想像しよう!

専門書とは異なり、小説は直接的に役に立つというしろものではありません。でも会話をしていて小説読んでねえなこいつ。というのが実はわかります。もちろん読んでない人で仕事ができる人も多いのですが、会話をしていてその内容が合理的すぎてつまらないんですよね。言葉のチョイスもあんまり面白くなかったりなど。私たちは一般の様々なクライアントがあっての仕事をしていて、様々な人と会話をしなくてはいけません。

パウレタ(一級建築士)
でもここで言いたいことは会話で小説の話題を入れろというわけではありません

他者を見て、その先を想像するという点で小説というメディアは効果的な存在であると私は考えるのです。上質な小説は意味に達する無限の情報がこめられています。そこに身をおいて、体験することは、専門書では得られないあなただけの価値観を生み出し、設計の仕事に大きな影響を与えるでしょう!

 

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