建築実務入門

建築設計の仕事に必要なコミュニケーション能力とは?

 建築設計は、クライアントとの関係性があって仕事が成り立ちます。実務を行っている社会人であればもちろん施主であるクライアント、建築設計の勉強をし始めた学生であれば、課題を指導する教官がそれにかわる存在になるかと思います。

 これらの経験をとおして建築設計におけるコミュニケーションの重要性を実感した人も多いのではないでしょうか。

 そこで今回は、現在一級建築士として実務に励んでいる私が建築設計において大切だと思うコミュニケーション能力についてと、それを克服するためのコツをお伝えしたいと思います。

建築設計を遂行するコミュニケーション能力の種類

 建築設計を仕事とするうえでのクライアントとの軽快なトーク、もちろんそれも大切ではあります。しかしながら、私が仕事をとおして本質的に感じた建築設計者として必要なコミュニケーション能力とは少し異なります。

 それがどういうものであるのかを具体的に掘り下げていきたいと思います。

クライアントに気持ち良くしゃべらせる能力

 ひとつめはクライアントに気持ち良く話してもらう能力です

 上記のようにクライアントを楽しませることも大切ですが、設計者自身がしゃべりすぎてはいけません。クライアントは自分の話を聞いてもらいたくて設計者に会いにきています。まずはクライアントに気持ち良くお話ししてもらうことが重要です。

 設計者が提案するための情報はクライアントの要望にあります。しかしながら要望というのは、事務的に聞き出す項目だけではつかめない部分もあります。その情報はクライアントのしゃべる言葉にかくされていて、それを設計者が引き出すことが大事になってきます。その情報を獲得できたなら、提案でクライアントの心をつかむことができるでしょう。

 そのためには事前準備が必要になります。打ち合わせスペースはリラックスできる環境となっているか。そのクライアントがどういう人であるのかという下調べも行うべきです。

クライアントの話を聞いて解釈する能力

 クライアントの要望を忠実に設計図書や模型などにすることは大事です。しかしながら、クライアントは自分の要望を越えた提案をしてくれると期待してもいます。そこを提案できるかが腕の見せ所でもあります。

 そのためにはクライアントからの情報をよく整理することです。

 方法としては、クライアントにとって絶対に必要な要望と自分が解釈して受け取った要望をわけながら整理していくといいでしょう。

 たとえばクライアントにとって絶対必要なものをまず最初にプランへ落とし込んでみましょう。きちんと整理してゆくと、プランに余裕・余白がうまれてきます。そこに設計者がクライアントからうけとった情報を自分の提案をふくめる可能性を秘めています。

 合理的なプランとその余白から生まれる設計者からの提案。それをクライアントは期待しているのです。

提案を伝える能力

 どんなに良い提案であったとしても、その内容をうまくクライアントに伝わらなければ彼らに喜んでもらうことはできません。

 設計者は図面や模型、パースなど用いて設計内容を表現します。その技術にそえる言葉により、クライアントが提案の意図をより理解し、そして納得してくれることもお忘れなく!

 そえる言葉は必ずシンプルな単語で伝えるようにしてください。つい建築設計者は専門的な単語を使ってしまう傾向があります。豊富な語彙を使って説明したい気持ちもわかりますが、それは専門家同士の会話で扱うべきです。

 もっというと、クライアントに使う説明と専門家に使う説明は異なるのだということを理解しておくべきです。

説得する能力

 クライアントを説得させる能力も必要になってきます。

 たとえば、もしクライアントからの要望がなくとも、生活をするうえで大切なものであるのならば、提案を行い、その理由を説明しないといけません。

 たとえば住宅の設計であるならば、ここにリビングを配置した理由。洗面の位置の理由。動線計画の理由などなど。たいていの場合、きちんとした理由があるとクライアントは納得してくれます。

 設計者として、完成後にクライアントから

「建築士さんの言うことを聞いてよかった」

と言われることがないように!

 現場に対してもそうです。どうしても実現させたい部分があるのなら、それをきちんと現場の人たちに伝えないといけません。

 ここでもきちんとした理由が大切です。設計者としてのプランニングに対するものなのか。それともクライアントの要望に対するものなのか。理由を熱心に伝えることで彼らも理解をしめしてくれるはずです。

売れている設計者のコミュニケーションを観察して気づいたこと!

 ここまでは私個人の経験をふまえた見解を述べてきました。

 今度は少し視点を変えて、私が今までお会いした他の設計者のコミュニケーション方法や姿勢をとりあげて話していきたいと思います。

できる設計者は腰が低い!

 まず、クライアントから多くのお引き合いがある設計者はみなさんかなり腰が低いです。

 よく売れっ子建築家はちょっと威張っているような印象を受ける人もいるかもしれませんが、それはスタッフや施工など身内に対してだけです(笑)。誰もが一度は名前を聞いたことのある巨匠建築家でさえ、クライアントの前では腰を低くしているのを私は実際にこの目で見ています。

 では腰が低いとはどのような態度か?それはクライアントのわがままを受け入れる姿勢が素晴らしいということです。

 たとえばとある家づくりのイベントで、私はある売れっ子建築家さんがかなり傲慢なクライアントに対してもいやな顔ひとつせず対応しているのをとなりのブースからうかがっておりました。あとで本人に「たいへんでしたね」と声をかけて話を聞くと、その建築家さんは、「客の言うことはまず受け入れろがモットー」とおっしゃっておりました。その話は私にとってとても勉強になったできごとでありました。

クライアントのふところに入りこむ方法

 もし建築のイベントなどで、みなさんがクライアントになりそうな人を見つけたとき、どのように声をかけますか?

 私は建築のイベントで何度もそのチャンスを逃してきました。となりのブースでは売れっ子設計者が軽快にお客さんをもてなしているシーンを何度か経験しました。

 いったい彼らと自分では何がちがうのだろう?そういう視点で彼らをながめると見えてくるものがあったわけです。

パネルに興味もっている人のみ話しかけている

 彼らは実は人を選んで声をかけていました。実績もあるので制作したパネルの建築作品がすばらしいのもあるのですが、とにかくがつがつしていないということですね。きちんを顧客になるそうな人かどうかを一旦観察してから話しかけにいっておりました。

とにかく聞き手にまわる努力をしている

 ここは上記の私の見解と同じです。やはり上手にクライアントの話を引き出して、彼らに気持ち良くお話しをしてもらうよう気遣ってやりとりを行っていました。こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、そのクライアントのレベルに自分の目線を落として話しているという姿勢で接していましたね。

クライアントとの距離感のバランス

 もちろん売れっこな設計者であっても声をかけた人を100100中商談にもちこむことはできません。話しかけてやりとりをして、いけると見たらその人との距離感を縮めるための作品事例の密な会話に持ち込んでみたりしておりました。また反対に脈がなさそうな人には、少し距離をおきながら客観的な説明を行ってあげたりして、なんなら他の設計者さんのブースを紹介したりしていました。この距離感のとりかたが私は当時うまくできなかったなと反省しました。全員同じ距離感で接してしまったんですよね。

まとめ

 いかがでしたでしょうか?今回は建築設計者に必要なコミュニケーション能力についてを詳しくあげてみました。

 私自身、人と話すのが苦手な性格であることから、かなり意識的にコミュニケーションに関する勉強に励んできました。

 もちろんすぐにはうまくはいきませんでしたが、意識することでじょじょに実務をとおしてできるようになりました。いや、慣れてきたというほうが正しいでしょうか

 コミュニケーション能力は、ほとんどの職種において必要な能力です。しゃべるのが苦手な私がここまで頑張れたのは、設計というものを創り出す行為が好きだからなんですけどね。そう考えると好きなことをやるために苦手なことを頑張るというのもけして悪いことではないんだなあ、と思ったりします!

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