【設計ヒアリングの教科書】建築設計者がクライアントの本音を引き出す10のポイント

設計ヒアリング材料

設計の成否は「ヒアリング」にあり

 

建築設計という実務は、図面作成や法規の知識といった技術的な要素が重要であることは間違いありません。しかし、それ以上に、私は接客や対人間に関する実務が非常に重要だと考えます。なぜなら、建築設計はクライアントあっての商売だからです。

設計提案の第一歩であるクライアントへの設計ヒアリングは、実際に設計案をプレゼンするよりも重要だと断言します。

特に若手設計者ほど、自分の斬新な提案でクライアントを喜ばせたいと考えがちですが、クライアントが第一に望んでいるのは**「要望が完璧に反映されること」**です。この基本が揺らいでいると、どんなに素晴らしい提案も彼らの心には響きません。彼らが思うのはただ一つ、「ああ、要望を反映してくれていないんだ」という不信感だけです。

あなたの提案が受け入れられ、喜ばれるためには、そのための準備とタイミングが必要です。まずはその前提をしっかり頭に入れましょう。


 

クライアントが「要望を吐き出せる」環境づくり

 

設計ヒアリングの初期段階では、設計者とクライアントはお互いに緊張している状態です。私たちがまずすべきは、クライアントの心を開かせ、本音を話せる雰囲気を作る努力です。

 

1. クライアントの「気がかり」となる要素を排除する

 

初めて事務所を訪れるクライアントは、細かな点まで気を配っています。マイナス要素を先回りして取り除き、心地よく迎えることは、人をもてなす上での最低限のマナーです。

  • オフィスの清潔感: オフィスがきちんと片付いているか、空気はよどんでいないか。

  • 設計者自身の身なり: きちんとした身なりをしているか、スタッフの身だしなみはどうか。

  • パーソナルな要素: 口臭や無精髭など、自分たちから発する要素にも気を配りましょう。

2. 自分自身の「表情」をコントロールする

 

場数を踏んでも、建築設計者自身が緊張することはあります。私は人見知りな部分もあるため、特に表情と声のトーンに気を配っています。

  • 事前チェック: お会いする前に鏡を見て、表情が引きつっていないかを確認しておきます。

  • 客観視: 鏡の前で笑顔を作りながら発声し、自分の表情と声を客観的に把握できるよう地道に訓練しました。苦手な方は必ず行うべき基本です。

表情チェック用ミラー

 

会話の誘導と聞き手としての姿勢

 

設計ヒアリングの主旨は、クライアントのニーズをすべて聞き出し、吐き出してもらうことです。建築づくりの主役はクライアントであり、設計者ではないことを忘れてはいけません。

対面ヒアリングイメージ

 

3. 会話の導入は「クライアントの興味」に合わせる

 

自然な会話の導入が苦手な設計者でもできるのは、クライアントの目線を確認し、気にしている要素に合わせた会話をしていくことです。

  • 事務所内での誘導: クライアントが初めて事務所に来た場合、自ら手掛けた内装デザインに目がいくように会話を始め、そこから距離を縮めていく。

  • 興味の対象に誘導: 事前にクライアントの情報があるなら、依頼用途に近い建築模型などを打ち合わせテーブル近くに置き、その話題に誘導する流れを作る。

 

4. 徹底して「聞き手」に徹する

 

クライアントは自分たちの思いを話したくてうずうずしていますが、緊張で言葉を放てない場合もあります。設計者は、彼らが思いを解き放てるよう手助けし、良い振りを与えましょう。

  • 話は最小限: 私自身の話はできるだけ最小限に留め、クライアントのストレスを少しでも早く解消してもらうことに努めます。

  • 傾聴: 幸い、私は昔から人に話してもらい、自分は聞き手に回ることが多かったので、この「振り」を一生懸命行うことで、ヒアリングをスムーズに進めることができています。

 

5. ヒアリングシートは「脱線」のための道具と心得よ

 

事務所オリジナルのヒアリングシートは必要ですが、それはあくまで基本的な情報収集のためのフォーマットです。

  • 本音優先: クライアントがヒアリングシートの項目以上に、提案に結び付くことを話し出したら、その話題を重要視し、シートから脱線することを恐れません。

  • 情報の収集: クライアントにしゃべりたいだけしゃべらせ、時間が来たらシートは持ち帰って後で送ってもらう流れが理想です。

  • 脱線ネタの準備: うまい流れを作るため、ヒアリングシートから脱線するような質問ネタを事前に準備する癖をつけましょう。これは打ち合わせ中に新たな質問を思いつく訓練にもなります。


 

要望の整理とイメージの共有術

 

要望が出揃った後、提案への精度を高めるために、クライアントとイメージのズレをなくす作業が重要です。

 

6. まず「要望は受け入れる」姿勢を見せる

 

クライアントが考えていることすべてを吐き出してもらうため、多少無理のある要望であっても、まずは受け入れる姿勢を見せましょう。

  • 提案のヒント: 無理だと思える矛盾した要望の中にも、組み合わせ次第で実現の可能性が生まれるヒントが隠されている場合があります。そこが設計者としての腕の見せ所です。

  • 優先順位の整理: 要望が出た後は、必ずクライアントと設計者が一緒に要望の優先順位をつけましょう。この共同作業は、打ち合わせ内容を整理し、クライアント自身に無理を言っていることに気づいてもらう機会にもなります。

  • 注意点: 優先順位の設定を設計者自身で勝手に決めつけないことが重要です。

 

7. 視覚情報をフル活用してイメージを共有する

 

言葉だけでなく、視覚情報を共有することは、イメージのズレをより正確に調整します。

タブレット
  • ポータブルメディアの活用: 現在はスマートフォンやタブレットの普及により、クライアントは簡単に画像を引き出せます。設計者もこれらのメディアを持参し、画像を積極的に見せてもらい、必要であればデータ共有も行いましょう。

  • 資料の準備: 打ち合わせ時には、関連する資料や似た事例の建築図面、模型などをすぐに出せる位置に準備しておくと効果的です。

 

8. スケッチの実演で信頼関係を築く

 

打ち合わせでプランやイメージが見えてきたら、簡単なスケッチをその場で描いてみるのも有効です。

  • 具体化: たたき台となるスケッチを実演することで、クライアントが真に求めているものが具体的にわかります。

  • 信頼の獲得: 自身の技を見せることで、「やはりスペシャリストだな」と思わせ、より大きな信頼関係を得られることにつながります。

  • 事前準備: ただし、いきなりそれができるほど甘くはありません。きれいに見えるフォーマットを事前に用意し、練習しておくことを私の経験からおすすめします。


 

打ち合わせ後のフォローアップと心構え

 

打ち合わせが終わった後も、クライアントとの関係性を良好に保ち、要望の掘り下げを継続することは非常に大切です。

 

9. 打ち合わせ後の「観察」を怠らない

 

打ち合わせを終えたとき、クライアントがどんな表情で、どんな足取りで帰っていくか、必ずよく見ておきましょう。

  • 満足度の確認: すべてを吐き出せたクライアントは、自ら腰を上げ、気持ちよく帰っていきます。私たち設計者も要望の本質を探ることができており、良い提案に繋がる兆候です。

  • 長期化の予兆とフォロー: 反対に、スッキリしない様子の場合は、今後の打ち合わせが長期化する可能性があります。そういうときは、当日もしくは翌日までに必ずメールなどでアフターフォローを行います。

  • 議事録の活用: 打ち合わせ後に内容を記録した議事録を作成し、メールでお送りします。その際、「まだ言いそびれたことがないか」という具体的な質問を添えることで、彼らの要望の本質を掘り下げた情報を受け取れたりもします。

 

10. メール文章の「深読み」は避けてフットワーク軽く動く

 

対面時には言葉やしぐさを観察すべきですが、メールに関しては書かれている事実のみを受け取るようにしましょう。

  • 人それぞれ: メールの使い方は人それぞれで、簡潔な方もいれば、感情が乗る方もいます。文章から含みや感情を深読みしようとしても、正確には伝わりません。

  • 即時確認: もしメールを読んで何か含みがあると感じた場合は、躊躇せずにすぐにクライアントと電話で連絡をとって確認をとりましょう。このフットワークの軽さが、関係性を良好にする鍵となります。


 

まとめ:クライアントへの愛情がすべてを拓く

クライアントとの握手

 

図面を引くだけが建築設計の仕事ではありません建築設計クライアントありきの商売であり、クライアントに対する愛情をきちんと表現することが、何よりも大切です。

彼らに興味を持ち、彼らが発する言葉や目線、しぐさなど、あらゆることにアンテナを張って接してみてください。そうすれば、クライアントはその姿勢に気づき、あなたに心を開き、すべてを委ねてくれるはずです。

人の財産を自分のもののように扱って建物を設計することは、建築士にとって特権であり、そのためには「あなたに託しても良い」という信用を得なければ何も始まりません。

私の実務経験は、勤務時代に当時の上司や先輩を観察し、**「自分ならどうするか」**を常に考え、独立後に実践と修正を繰り返してたどり着いたものです。他者を想像して建築を設計していくという愛情こそが、究極のヒアリング術であり、設計実務の根幹なのです。

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