建築家のピーター・ズントーは、徹底したストイックな姿勢と、素材や光への並外れたこだわりで知られています。彼は「建築マイスター」と称されるほど、職人的な細部への情熱を作品に注ぎ込み、唯一無二の空間を創り出します。
今回は、私が心からリスペクトするピーター・ズントーの作品を5つ厳選してご紹介します。彼の建築に触れることで、建築が持つ根源的な魅力と、時代に流されない普遍的な美をきっと感じられるでしょう
ピーター・ズントー建築の3つの魅力
彼の作品を読み解く上で、特に重要な3つの要素をご紹介します。
- 素材の真実と職人の魂: 彼は、使用する素材を徹底的に吟味し、その質感や匂い、重さを最大限に引き出します。信頼のおける職人にしか施工させないというこだわりが、ディテールに宿る力強い美しさを作り出します。
- 光と闇が織りなす空間: 光を単なる明るさではなく、空間を構成する「素材」として扱います。スリットから差し込む一筋の光や、天井からの拡散光は、闇と対比することで空間に神秘的で厳かな雰囲気を与えます。
- 感覚に語りかける体験: ズントーの建築は、視覚だけでなく、触覚、聴覚、嗅覚といった五感に訴えかけます。石の冷たさや温かさ、水や光の音、木の匂いなど、訪れる人々に静謐で深い体験をもたらします。
ピーター・ズントー代表作品5選
テルメ・ヴァルス|山と一体化した「洞窟」の温泉

スイスの山間にひっそりと佇むこの温泉施設は、草に覆われた外観がまるで小高い丘と一体化しているようです。
内部は、地元の自然石を積み重ねた壁に囲まれた、迷路のような空間が広がります。スリットから差し込む光が水面に反射する風景は神秘的で、湯気や水音が響く静謐な空間は、訪れる人々に深い安らぎを与えます。
プレゲンツ美術館|光の箱

オーストリアのボーデン湖のほとりに建つこの美術館は、ガラスパネルに覆われた巨大な光の箱です。
外観を覆うブラスト加工されたガラスパネルは、光の反射が一様でなく、柔らかな表情を生み出します。内部の展示室には壁面の開口部がありませんが、天井のガラスパネルから自然光が降り注ぎ、不思議なほど光に満ちています。素材の存在感を最小限に削ぎ落とした、彼の建築の真髄がここにあります。
ブラザー・クラウス野外礼拝堂|燃やされた丸太が創る空間

ケルン郊外の丘に建つこの小さな礼拝堂は、クライアントや村人と共にセルフビルドで建設されました。
壁は、112本の長い丸太で組んだ型枠にコンクリートを流し込み、最後に丸太を燃やすことで作られています。内部の壁には、丸太の荒々しい痕跡と煤が付着しており、上部の開口部から降り注ぐ光がその壁をなめるように降りてきます。原始的でありながら崇高な空間と、建設プロセスに込められた強い信念を感じることができます。
聖ベネディクト教会|祈りのための光と木

スイスの山間にある村の教会で、ズントーの代表作の一つです。
ウロコ状に重ねられた木材の外観は、周囲のアルプスの風景と美しく調和しています。ノアの箱舟をイメージしたという内部空間は、上部のハイサイドライトから光が降り注ぎます。ステンドグラスのような装飾を一切排除し、光と木材だけで構成されたストイックな空間が、訪れる人々に静寂と落ち着きをもたらします。
聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館|廃墟と建築の融合

ケルン大聖堂の近くにあり、第二次世界大戦で破壊された教会の廃墟を現代建築で覆い、美術館として蘇らせた作品です。
ズントーは、古い教会の壁や遺跡をそのまま残し、その上に新しいレンガとコンクリートの壁を重ねて美術館を構築しました。新しい部分と古い部分の境界が曖昧に、そして絶妙に融合しており、古い歴史と現代が共存する感動的な空間を創り出しています。
まとめ:建築マイスターが追求した「本質」
ピーター・ズントーの作品は、表面的なデザインや流行とは無縁です。彼は、建築が持つ素材、光、そして人間の感覚という本質的な要素を徹底的に追求しました。
「建築家」というより「建築マイスター」と称される彼の作品は、言葉よりも雄弁に建築の哲学を語りかけてきます。彼の建築は、時代に流されない強固な信念と、細部にまで宿る職人の魂によって、見る人々に深い感動を与えるのです。
作品集だけでなく、ぜひ現地に足を運んで、彼の建築を体感していただきたいと強く思います。
参考文献)a+u ピーター・ズントー、a+u2013年1月号、a+u 2008年4月号