建築設計の仕事をどのように獲得するかという問題は、設計事務所だけでなく、あらゆる職種の独立事業者が抱える永遠のテーマです。特に建築設計という専門性の高い仕事が、実際にどのような経路で設計事務所に入ってくるのか、私の経験に基づき、その具体的なパターンを余すことなくお伝えします。

今回は、講演、指導、執筆など建築設計に関わる付帯的な仕事を除き、純粋な建築設計の営業に絞って解説します。
個人のネットワークから始まる仕事
設計事務所への依頼は、信頼関係が基盤となるため、個人的なつながりから始まるケースが最も多いです。ただし、身内や友人の仕事こそ、プロとしての緊張感を保つのが難しいという側面があります。
友人・親戚からの依頼
家などの設計は、友人の仕事から始まるという経験者は多いです。親しい間柄だからこそ、お金のやり取りで関係が悪化しないよう、馴れ合いにならず、自分たち自身で身を引き締めて臨む必要があります。
親戚からの依頼も同様に多くありますが、あまりやりすぎるのは得策ではありません。成功する場合もあれば、そうでない場合もあります。実家のような特別のケースを除き、親戚といえども**「他人である」という感覚**で仕事をするべきでしょう。身内は仕事への緊張感を作り出すのが最も難しい相手であり、後々身内が集まった場で設計した家の文句が出たら嫌だと感じるのが正直なところです。
知人・顧客からの紹介(連鎖)
やはりこれが一番の近道です。知り合いや過去の顧客から新たなクライアントの紹介を得るパターンです。紹介者がしっかりした方であればあるほど、事務所への信頼性が増すため、ご成約までがスムーズに進む場合が多いです。
これが連鎖していくのが設計事務所として最も理想的な成長モデルです。一つひとつの仕事を誠意をもって行うことが、次なる仕事への最高の営業活動となります。
少し距離感のある間柄の方が、かえって身が引き締まる部分はあり、適切な距離感と関係が取れる間柄が、スムーズな仕事には一番良い関係性かもしれません。かつて言われた「小さな案件から大きな案件へ」というすごろく的なシナリオは、設計事務所が増え、ネットが普及した現代では、もう昔話になりつつあります。
一度仕事をした施主からの再度依頼(最高の勲章)
私自身、これほど嬉しい経験はありませんでした。これは、自分の仕事が施主の心に届いたという証に他なりません。他のどの依頼や評価よりもモチベーションが最大になり、この仕事を続けていてよかったと思える瞬間の一つです。これは設計事務所にとって最高の勲章だと言えます。
法人や他業種を経由した仕事
個人からの依頼だけでなく、不動産会社や他の設計事務所など、法人との連携から仕事が生まれるケースも多々あります。

不動産会社からの紹介
不動産会社からの依頼は、土地の利用計画に関する建築提案を求められたり、すでにクライアントと契約した不動産会社から、土地に建てる店舗などの相談を受けたりすることから仕事につながります。
戸建住宅の参考プラン提案: 条件付き不動産として売り出す際の参考プランを提供し、そこから成約につながるケースもあります。
集合住宅のボリュームプラン: 集合住宅の発注業者から、その土地にどのくらいの住戸が入るかを確認する「ボリュームプランの検討」を協力しながら仕事に結び付けていく方法もあります。ただし、なかなかぴったりの案件にたどり着くことは少なく、10件、20件やって初めて成約というように、非常に辛抱が必要です(中には50件やってようやく成約という経験者もいます)。
【余談:不動産との連携】 不動産屋的な動きをしながら設計の仕事を獲得する建築家もいますが、不動産は専門的な知識をもって行わないとリスクもあります。私自身は不動産からは手をつけないようにしており、関わる際は必ず専門家とタッグを組むようにしています。
他の設計事務所との連携
共同設計(タッグ): 人数を抱えている知り合いの設計事務所から、プロジェクトを一緒にやらないかと誘われることがあります。たいていは相手の事務所が忙しくて手が回らない、または以前勤めていた会社から一緒に仕事をしようと誘われるケースが多いです。これは知っている相手との仕事がしやすいという側面もあります。
図面作成の協力(下請け): 毎回共同設計のような形で仕事がくれば理想ですが、実際は下請け的な図面作成のお手伝いを依頼されることもあります。しかし、この仕事の積み重ねが信頼関係の構築となり、やがて上記のような共同設計などの大きな仕事につながっていきます。これは勉強にもなるので、地道な努力が必要です。
プロデュース会社を経由した依頼
提携しているプロデュース会社を経由した仕事の依頼も来ます。紹介してもらう分、それなりにマージンは取られますが、これを営業経費として捉えれば、仕事が来ないよりは良いと判断できます。プロデュース会社と仲良くしていると、より紹介してくれる傾向がありますが、これは会社の作風と設計事務所の作品の相性、そして成約率が関係してくるのでしょう。
Web・広告・営業活動による仕事
ウェブやアナログな広告活動は、不特定多数にリーチできる反面、費用対効果を見極める必要があります。

Webからの問い合わせ
ホームページからの問い合わせ: ホームページを見て、メールや問い合わせフォームから問い合わせをいただくのは、私の事務所で最も多いスタイルの一つです。電話での問い合わせはほとんどなく、お施主さんからの連絡は携帯電話がほとんどです。事務所の固定電話は、今やインターネット関係の営業か建築メーカーからの連絡が大半を占めます。
SNSの活用: ブログやX(Twitter)、Instagramなどをうまく活用してクライアントを獲得している方も多くいます。熱心に活用していた時期は、知り合いとつながり、仕事の相談が出たこともありました。しかし、持続が難しいのが現実で、飽きずに頻繁に続けることが肝心です。
建築設計事務所登録サイト: 近年増えた設計事務所登録サイトを経由し、そこからホームページへたどり着き、問い合わせに至る流れも出ています。ただし、この経路での成約は非常に稀です。
アナログな広告とイベント
電話での飛び込み: 最近は非常に少なくなりました。問い合わせの多くはホームページからメールでワンクッションおいてから会うという流れです。電話で飛び込みの人は、成約に至る割合が低く、「冷やかし」と感じることもあります。ただし、ご年配の経営者など、行動力のある人が直接事務所を訪ねてきたという稀なケースもあります。
リーフレット・チラシ配り: 人と会った時に名刺だけでなく、小さいリーフレットを渡すことで、自分の仕事と顔を連動して覚えてもらう工夫をしました。これで相談に来てくれた人もおり、効果はありました。一方、自分で1,000部ほど刷ってポスティングしたチラシ配りは、ほとんど効果がありませんでした。
雑誌メディア広告: 掲載料を払って雑誌に広告を載せたこともあります。一般誌は効果がなく、住宅誌は問い合わせがいくつかありました。数よりクオリティを売りにする事務所にとっては、これらの広告手法は費用対効果が低いというのが私の現段階での見解です。
イベント出展: 建築や住宅関連のイベントにブースを設け、出展します。
プロデュース会社主催イベント: 建てたい人を広告で呼んでいるため、ダイレクトな接客ができ、営業スキルが試されます。ただ家を建てませんかという文句では頼まれないため、クライアントの悩みを聞き、知りたい情報を教えることに徹し、最後の一押しができるかが勝負です。
メーカー関連イベント: 客層がすでに成約を済ませ、使う商品を確認に来場している場合もあるため、どのような目的で来る客層かを確認して参加を考えるべきです。
その他(コンペ・人脈・政治)
コンペ(設計競技): 建築提案そのものを競うものです。時間と労力がかかる分、落選するとショックが大きいですが、仕事を取れた時の喜びは大きいです。

プロポーザル: 建築提案と設計事務所の実績を総合的に評価されるものです。実績が少ない場合は、大きな設計事務所のお手伝いや共同設計で参加することが多いです。
評価の不透明性: 実際のところ、出来レースのようなケースもあり、公正に評価されているのか疑問に感じる場合もあります。私たちはそうでないことを願いながら参加し、私たちの提案を選んでもらうために努力するしかありません。
クラウドソーシング: ネットで仕事の募集を受け、デザイン提案などの仕事を受けるサービスです。最近は建築分野に特化したサイトもあるため、仕事に空きが出た時に活用するのも良いでしょう。
顔出し巡回・交流会: クライアント、施工業者、メーカー、設計事務所などを定期的に訪ねる「顔出し巡回」は、ネットワークが広がるにつれて仕事の匂いを掴むのに有効になります。また、交流会に参加することは、直接仕事につながらなくても「こういう仕事をしている存在ですよ」と知ってもらう機会になり、異業種の人との会話は自身の勉強にもなります。
政治的な仕事獲得: 自治体の長と友人・親戚だから仕事を受注できたなど、きな臭い話も聞きますが、それが真実か都市伝説なのかは定かではありません。
まとめ:仕事を呼び込むための「一生懸命」という種まき

設計事務所が仕事を獲得するパターンは多岐にわたりますが、結局は**「いろいろな種をまいて、どこに花が咲くか」**ということに尽きます。その時の時代やタイミングによって、どの経路が成果を出すかは変わります。
だからこそ、お声がけをいただいたらできるだけお話を伺い、一つひとつの仕事を一生懸命にやること。その積み重ねが、いずれクライアントになりそうな人にあなたの顔を思い出してもらい、事務所に連絡をしてもらうための最高の努力となります。
ただし、最後に一つ言えることは、**「1回やってみて、このやり方はないだろう」**と思うものは、潔くやめてしまう方が賢明です。時間と労力は有限ですから、効果のないことに固執する必要はありません。