日本の現代建築を代表する建築家、安藤忠雄。彼の名前は、建築を学ぶ学生だけでなく、一般の人々にも広く知られています。その代名詞ともいえるのが、打ち放しコンクリートです。
今回は、安藤忠雄の原点である、初期の中小規模な建築作品から4つを厳選してご紹介します。これらの作品は、コンクリートという無機質な素材が、光や水、緑といった自然とどのように対話し、力強くも繊細な空間を生み出しているかを教えてくれます。
安藤忠雄建築の3つの魅力
彼の初期作品を読み解く上で、特に重要な3つの要素をご紹介します。
- コンクリートと光の対話: 打ち放しコンクリートの壁に、スリットや天窓から差し込む光が、時間とともに変化する美しい陰影を描き出します。光は単なる明かりではなく、空間に命を吹き込む重要な要素です。
- 自然要素の取り込み: 彼は、建築を閉鎖的な箱にするのではなく、水面や緑といった自然を巧みに引き込みます。コンクリートと自然が対比することで、互いの存在感をより一層際立たせています。
- ヒューマンスケールの追求: 中小規模の作品では、壁の高さや空間の広さが人間のスケールに寄り添っています。その強さと純度の高い空間は、訪れる人々に直接的に語りかけ、深い感動を与えます。
安藤忠雄 初期傑作4選
TIME’S I/II|川と一体化した都市のオアシス

京都の中心部を流れる高瀬川に面したこの商業施設は、川と建築の一体化という、これまでにない挑戦を試みた作品です。
特筆すべきは、川沿いの広場の床面と川面がわずか30cmほどの高さで連続している点です。これにより、まるで水の上に浮かんでいるかのような感覚を生み出しています。コンクリートの質感も川岸と調和し、都市にいながらにして自然を身近に感じられる親水性の高い空間が実現しています。
小篠邸(現KHギャラリー芦屋)|光が織りなす大地の建築

六甲山の美しい自然に抱かれたこの住宅は、安藤忠雄がまだ無名だった頃に設計されました。
建物は、隣り合う2棟が斜面に埋め込まれるように配置されており、内部は、様々な開口部から入る光が、無機質なコンクリート空間に豊かな表情を与えています。庭の景色が広がる大開口、緑を忍ばせる地窓、時間の流れを刻む天窓からの光は、周囲の自然と建築が深く対話していることを感じさせます。

城戸崎邸|プライバシーを守る「迷路」の住まい

東京都心の閑静な住宅街にあるこの3世帯住宅は、閉鎖的なコンクリート壁で敷地の周囲を囲んでいます。
壁の内側には、階段状に配置されたテラスなどの外部空間があり、各世帯がプライバシーを保ちながらも、同居の安心感を感じられるように工夫されています。あえて複雑な動線で構成された「迷路」のような空間は、住む人それぞれの私的な居場所を豊かにし、愛着へと繋がっていきます。
光の教会|光と闇が交差する祈りの空間

安藤忠雄の名を一般にも広く知らしめた、彼の初期と中期を分ける分岐点となった傑作です。
コンクリート打ち放しのシンプルな箱の中に、祭壇の背後にある壁に十字架の形にスリットを設けるという大胆なデザインが施されています。ここから差し込む光は、床や壁に十字架の光の像を投影し、空間全体を神聖な雰囲気に包み込みます。この建築は、光と闇、静寂と荘厳さのコントラストによって、見る者に深い感動を与えます。
まとめ:小さな「壁」が語る、建築家の原点
安藤忠雄が「世界の安藤」となる原点は、これらの住宅や小規模な建築作品にあります。
コンクリートの壁が、人間が直接感じられるスケールで立ち上がり、光や水、風といった自然と対峙することで、力強くも繊細な空間を生み出しました。
彼の建築は、シンプルでありながら、建築の持つ根源的な力を雄弁に語りかけています。これから建築を学ぶ皆さんには、ぜひ彼の原点に触れ、その空間の純粋な強さを体感してほしいと願います
参考文献:新建築85年2月号、新建築92年7月号、TADAO ANDO DETAIL‘S、GA71、家(著:安藤忠雄、住まい図書館出版局)