建築設計という仕事は、クライアントとの関係性があって初めて成立します。実務に励む社会人にとっては施主であるクライアントが、建築を学び始めた学生にとっては課題を指導する教官が、この関係性における重要な相手となるでしょう。
これらの経験を通して、建築設計におけるコミュニケーションの重要性を痛感した方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、現在一級建築士として実務に励む私が、建築設計において本質的に大切だと思うコミュニケーション能力と、それを克服し、上達させるための具体的なコツをお伝えしたいと思います。
建築設計を成功に導くコミュニケーション能力の種類
建築設計の仕事において、クライアントとの軽快なトークはもちろん大切です。しかし、私が仕事を通して本質的に必要だと感じたコミュニケーション能力は、それだけではありません。
ここからは、建築設計者として求められる、より具体的な能力を掘り下げていきます。
1. クライアントに「気持ち良くしゃべらせる」能力
クライアントを楽しませることも大切ですが、設計者自身がしゃべりすぎてはいけません。クライアントは、自分の話を聞いてもらいたいからこそ設計者に会いに来ています。まずはクライアントに気持ち良く、心置きなくお話ししてもらうことが最も重要です。

設計者が提案するための核となる情報は、もちろんクライアントの要望の中にあります。しかし、要望は事務的に聞き出す項目だけではつかめない深層的な部分があるものです。その情報は、クライアントが語る言葉の端々に隠れており、それを設計者がいかに引き出すかが鍵となります。その情報を獲得できたなら、あなたの提案でクライアントの心を深く掴むことができるでしょう。
そのためには、事前準備が欠かせません。
- 打ち合わせスペースはリラックスできる環境となっているか。
- そのクライアントがどういう人物であるのかという下調べも行うべきです。
2. クライアントの話を聞いて「解釈する」能力
クライアントの要望を忠実に設計図書や模型などに反映させることは、設計者の基本です。しかし同時に、クライアントは自分の要望を越えた素晴らしい提案をしてくれることを期待しています。そこを提案できるかどうかが、設計者としての腕の見せ所でもあります。
そのためには、クライアントからの情報を徹底的に整理することが必要です。
[整理の方法]
クライアントにとって絶対に必要な要望と、あなたが解釈して受け取った要望を分けながら整理していくといいでしょう。
たとえば、絶対に必要な要望をまずプランに落とし込んでみます。きちんと整理していくと、プランに余裕や余白が生まれてきます。その余白こそが、設計者がクライアントから受け取った情報を元に、自分の提案を含める可能性を秘めている場所です。
合理的なプランとその余白から生まれる設計者からの提案。それこそをクライアントは期待しているのです。
3. 提案を「伝わるように」伝える能力
どんなに良い提案であったとしても、その内容が**クライアントにうまく伝わらなければ、**彼らに心から喜んでもらうことはできません。
設計者は図面や模型、パースなどを用いて設計内容を表現します。その技術に添える**「言葉」**によって、クライアントは提案の意図をより深く理解し、納得してくれることを忘れてはいけません。
- **添える言葉は必ずシンプルな単語で伝えるようにしてください。**建築設計者はつい専門的な単語を使ってしまう傾向があります。豊富な語彙を使って説明したい気持ちもわかりますが、それは専門家同士の会話で扱うべきです。
- さらに言えば、クライアントに使う説明と、専門家(施工者など)に使う説明は異なるのだということを理解しておくべきです。
4. 理由をもって「説得する」能力
クライアントを説得させる能力も、設計者には必要です。
たとえば、クライアントからの要望にはなくとも、生活をする上で大切なものであるのならば、設計者として提案を行い、その理由を明確に説明しなければなりません。

住宅の設計で言えば、リビングをここに配置した理由、洗面の位置の理由、動線計画の理由など、一つ一つに根拠を示すことです。たいていの場合、きちんとした理由があるとクライアントは納得してくれます。
設計者として、完成後にクライアントから「あのとき、建築士さんの言うことを聞いていればよかった」と**後悔されることのないよう、**専門家としての責任をもって伝えるべきです。
これは現場に対しても同じです。どうしても実現させたいデザインや納まりがあるのなら、それをきちんとした理由とともに現場の人たちに伝えなければなりません。設計者としてのプランニングに対する理由なのか、それともクライアントの要望に対する理由なのか。理由を熱心に伝えることで、彼らもあなたの意図を理解しめしてくれるはずです。
売れている設計者のコミュニケーション姿勢から学んだこと
ここまでは私個人の経験をふまえた見解を述べてきました。
今度は少し視点を変えて、私が今までお会いした他の**「売れている設計者」のコミュニケーション方法や姿勢**を取り上げて、彼らから学んだことをお話しします。
1. 「できる設計者」はかなり腰が低い
クライアントから多くのお引き合いがある設計者は、皆さんかなり腰が低いです。
- よく売れっ子建築家は少し威張っているような印象を受ける人もいるかもしれませんが、それはスタッフや施工など身内に対してだけです(笑)。誰もが一度は名前を聞いたことのある巨匠建築家でさえ、クライアントの前では腰を低くしているのを私は実際にこの目で見ています。
では、腰が低いとは具体的にどのような態度か?それは、クライアントのわがまま(要望)を受け入れる姿勢が素晴らしいということです。
とある家づくりのイベントで、ある売れっ子建築家さんがかなり傲慢なクライアントに対しても嫌な顔ひとつせず対応しているのを隣のブースから見ていました。後に本人に話を聞くと、その建築家さんは、**「客の言うことはまず受け入れろがモットー」**だとおっしゃっていました。その話は、私にとってとても勉強になった出来事です。
2. クライアントのふところに入り込む方法
建築のイベントなどで、クライアントになりそうな人を見つけたとき、あなたならどのように声をかけますか?
私は過去、建築のイベントで何度もそのチャンスを逃してきました。隣のブースでは、売れっ子設計者が軽快にお客さんをもてなしているシーンを何度も経験しました。
「いったい彼らと自分では何が違うのだろう?」という視点で彼らを眺めると、見えてくるものがありました。
a. パネルに興味を持っている人のみに話しかける
彼らは実は人を選んで声をかけていました。実績もあるため制作したパネルの建築作品が素晴らしいのもありますが、とにかくがつがつしていないということです。きちんと顧客になりそうな人かどうかを一旦観察してから話しかけに行っていたのです。
b. とにかく聞き手に回る努力をしている
ここは上記の私の見解と同じです。やはり上手にクライアントの話を引き出して、彼らに気持ち良くお話しをしてもらうよう気遣ってやりとりを行っていました。失礼な言い方かもしれませんが、そのクライアントのレベルに合わせて自分の目線を落として話しているという姿勢で接していましたね。
c. クライアントとの距離感のバランス
もちろん、売れっ子な設計者であっても、声をかけた人を100発100中商談に持ち込むことはできません。
- 話しかけてやりとりをして、「いける」と見たら、その人との距離感を縮めるための作品事例の密な会話に持ち込んでみたりしていました。
- 逆に脈がなさそうな人には、少し距離を置きながら客観的な説明を行ってあげたり、場合によっては他の設計者さんのブースを紹介したりさえしていました。
この距離感のとりかたが、私は当時うまくできませんでした。全員に同じ距離感で接してしまったのです。
まとめ:苦手なことも「好き」なことのために頑張れる
いかがでしたでしょうか?今回は建築設計者に必要なコミュニケーション能力についてを詳しくあげてみました。
私自身、人前で話すのが苦手な性格であることから、かなり意識的にコミュニケーションに関する勉強に励んできました。
もちろん、すぐにうまくはいきませんでしたが、意識することで徐々に実務を通してできるようになりました。いや、慣れてきたというほうが正しいかもしれません。

コミュニケーション能力は、ほとんどの職種において必要な能力です。しゃべるのが苦手な私がここまで頑張れたのは、設計というものを創り出す行為が好きだからなんです。そう考えると、好きなことをやるために苦手なことを頑張るというのも、決して悪いことではないんだな、と思ったりします!
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