建築を学び、一級建築士の資格まで取得した多くの人が、人生のどこかで**「このまま会社員として組織に尽くすのか、それとも独立して自分の城を持つのか?」という、最も重要なキャリアの選択**に直面します。これは、単なる働き方の選択ではなく、あなたの人生の価値観と、仕事への哲学を問う決断です。

今回は、いくつかの会社勤務を経て、現在は一級建築士事務所を営む私が、それぞれの建築士キャリアが持つ真のメリットと、独立後に直面する厳しい現実を、熱意とともにお伝えします。
独立し、建築設計事務所を営むというキャリア
独立は、「建築家」としての哲学と自己実現を追求するための、最も直接的な道です。そこには、会社員時代には決して得られなかった、圧倒的な自由と責任が存在します。

独立のリアルなメリット:時間、承認、そして創造性
メリット1:時間の主権者となれる自由(ワークスタイル改革)
独立して一番に感じたのは、時間を完全に「自分の資本」としてコントロールできる感覚でした。これは、お金で買えないほどの価値があります。自分のライフスタイルや家族の状況に合わせて、仕事の開始時間や休日を自由に調整できるため、家族の成長やプライベートな活動を犠牲にせずにキャリアを築けます。特に、結婚して子どもができてからは、この**「時間の自由」が、キャリアを継続するための最大のモチベーション**であり、大きなストレス軽減になっています。
メリット2:仕事獲得がもたらす自己肯定感の爆発
独立して最も大変なのは、やはり仕事の獲得です。私自身、今も苦労しながら日々を過ごしています。しかし、その苦労を乗り越え、**自分の力でクライアントと信頼関係を築き、仕事を獲得できたときの喜びは格別です。**これは、「自分の実力と哲学が社会に直接的に認められた」という揺るぎない自信となり、次のクリエイティブな仕事への原動力になります。この自己肯定感は、組織の中でプロジェクトを成功させたときのそれとは、まったく種類が異なります。
メリット3:設計のテーマと報酬の決定権
会社員の場合、プロジェクトは組織の方針や上層部の意向で決定されますが、独立すれば設計テーマを自分で選べます。**「本当にやりたい仕事」**だけに全力を注ぎ、その仕事に見合った報酬を自ら決定し、交渉できます。これにより、自分の専門性を最も活かせる分野で深いキャリアを築くことが可能になります。
独立後の厳しいデメリット:不安定さと雑務の負担
デメリット1:キャッシュフローの不安定さ(精神的な試練)
仕事の獲得が大変であることと関連して、収入は文字通り不安定になりがちです。安定を最優先するなら、独立は熟考するべきでしょう。設計報酬は契約から着工まで時間がかかり、その間の資金繰りや生活費の確保は、常に精神的なプレッシャーとなります。建築設計だけにこだわらず、コンサルティングやメディア運営など様々な仕事を受けることで収入の安定を図ることもできますが、そのバランスを間違えると、何のために独立したのか分からなくなってしまうため、事業の多角化には明確な哲学が必要です。
デメリット2:すべての「雑務」が自分の責任に
設計業務とは無関係な税務申告、経理、法務、清掃、営業など、企業のバックオフィスが行っていたすべての雑務を、あなたが一人で担うことになります。特に、税務や契約書といったお金に関わる知識は、会社員時代には触れる機会が少なかった分、初期の大きな負担となります。すべて自分で責任を負う覚悟がなければ、設計に集中できる時間は大幅に削られてしまいます。
企業に就職し、技術者・経営者として活躍するキャリア
会社員として組織に残る道は、安定した環境下でスケールの大きな仕事に集中するための、合理的かつ王道なキャリアパスです。

会社員キャリアの盤石なメリット:安定と大規模プロジェクト
メリット1:盤石な収入基盤と大規模プロジェクトへのアクセス
会社員の最大のメリットは、何よりも収入の安定と福利厚生の充実です。日々設計の仕事に集中するだけで、毎月決まったお給料が入ってくる安心感は、独立してから改めてその大きさを痛感しました。さらに、大手組織にいれば、個人事務所では獲得が難しい公共建築や都市開発といった大規模で影響力の大きいプロジェクトに携わる機会が得られます。これは建築士キャリアにおける大きな経験値となります。
メリット2:設計業務に専念できる環境での成長
特に若手のうちは、独立後に所長が一人でこなす税務申告や事務所の営業活動、煩雑な法務といった業務に気を取られることなく、設計の技術と知識の習得に集中できる環境は非常に貴重です。この期間にどれだけ技術と経験を積み重ねられるかが、将来のキャリアを大きく左右します。組織内の高度なナレッジと指導体制の中で成長できることは、何よりの財産です。
メリット3:社会的な信用度とローンなどの優位性
組織に属しているという事実は、社会的な信用度に直結します。住宅ローンや自動車ローンなど、大きな借り入れを行う際、安定した収入源を持つ会社員であることは、独立した個人事業主よりも圧倒的に優位に働きます。これは、建築士キャリアを考える上での重要な安心材料です。
会社員キャリアの避けられないデメリット:制約と組織の論理
デメリット1:組織の人間関係と方針の板挟み
大きな組織の一員となれば、上司や部下、他部署との関係、会社の運営方針など、個人の意思や哲学だけでは進められない部分が必ず出てきます。自分の信念と組織の要求との間でバランスを取る必要があり、プロジェクトの進行においては、個人の創造性よりも組織の論理を優先しなければならない場面も出てくるでしょう。個人事務所の所長とはまた違う、組織の一員としての責任と調整役を負うことになります。
デメリット2:自分の時間を自由にできない制約
会社員である限り、勤務時間や残業、休日出勤などは、基本的に組織の要求に左右されます。独立後のような**「時間を自分でデザインする自由」は得られません**。家族やプライベートな時間を大切にしたいと思っても、組織の目標達成のために、個人の時間が削られてしまうことは避けられない制約です。
【まとめ】独立か?会社員か?決めるための3つのヒント
どちらの道が良いかは、あなたの個々の適性や環境、そして仕事への価値観によって決まります。しかし、これまでの経験から、自分に合った道を見つけるためのヒントを3つ、熱い思いを込めてお伝えします。

ヒント1:仕事のスタイルを確立できているか? あなたがどんな環境で働きたいかを深く考えてみましょう。
- 自分の個性を設計で最大限に表現したい、自分のブランドで勝負したいなら、独立。
- チームで協力しながら大きなプロジェクトを成し遂げたい、組織の力を活用したいなら、会社員。
ヒント2:時間をコントロールしたいか? 現在の仕事で自分の時間をコントロールできているか、あるいはそれを切実に求めているかを考えてみましょう。時間を自由に使えることを何より重視するなら、独立という選択肢が視野に入ります。時間的な余裕が、あなたの創造性を育むかもしれません。
ヒント3:仕事を獲得する行動に抵抗はないか? 独立する上で、営業活動は設計技術と同じくらい重要であり、避けて通れません。名刺交換からSNS活用、プレゼンテーションまで、多様な方法でクライアントと出会うための行動に苦痛や苦手意識を感じるうちは、まだ独立の時期ではないかもしれません。営業も楽しめる、という強い行動力が必要です。
最後に
独立か会社員か、その選択はあなたの適性や環境、そして仕事への価値観によって決まります。そして、どちらの道を選んだとしても、**「自分の将来を考え、行動する」**という姿勢は、建築士キャリアを歩む上で常に必要不可欠です。
あなたが自分のキャリアを主体的に考え、社会と自分との最適な距離感を調整していけば、きっと想像もしていなかった素晴らしい道が開けるはずです。私たち建築士の未来は、あなた自身が選ぶ道の上にあります。
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