建築設計の仕事は、クライアントの信頼があって初めて成り立ちます。しかし、クライアントが企業や国、地方自治体などの場合、設計者ただ一人に特命で依頼が来ることは稀です。ほとんどの場合、私たちはコンペ(設計競技)、プロポーザル(企画提案)、または入札という名の**「競争」**を勝ち抜かなければなりません。

これは単なるデザイン勝負ではなく、設計事務所の経営戦略そのものです。どの競争に参加し、どれだけの時間と労力を投資するか。その判断を誤れば、事務所の存続に関わります。
この記事は、クライアントワークの経験が少ない若手実務者や、独立を目指すあなたに送る、仕事の受注方式の全貌と、この競争社会を生き抜くための戦略ガイドです。
基本の比較と整理:コンペとプロポーザルは「何」を選ぶか
まずは、混同されやすいコンペとプロポーザルの違いを、改めて「選定の軸」から整理しましょう。これは事務所の強みをどこに注力すべきかを考える上で不可欠です。
方式 | 選定の軸 | 重視される要素 | 労力とリスク |
コンペ方式 | 「最も優れたデザイン案」 | 創造性、斬新なアイデア、デザイン性 | 高い(実現性より夢を追うため) |
プロポーザル方式 | 「最も適した設計者(個人・法人)」 | 実績、チーム体制、技術力、実現可能性 | 中〜高(実現性を重視するため) |
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コンペ方式:アイデアで一発逆転を狙う
コンペ(設計競技)は、複数の設計者から設計案を募集し、最も優れたものを選ぶ方式です。以前は大規模プロジェクトで多く採用され、若手でもアイデア一つで実績ある設計者を打ち負かすチャンスがありました。設計の常識を覆す刺激的な提案が生まれる土壌でもありましたが、当選案が予算超過などの問題を起こすリスクも内包しています。
プロポーザル方式:実績と信用力で勝ち取る
プロポーザルは、設計者を選ぶにあたり、企画提案だけでなく、設計者の技術力、経験、チーム体制などを提出させ、客観的に評価する方式です。
近年、大規模プロジェクトのほとんどがこのプロポーザル方式に移行しており、公募型と指名型があります。企画部分は設計図を描かない提案に留まるのが建前ですが、実際にはその実現性や説得力を高めるために、提案レベルの競争が激化しています。この方式は**「信用力」**の勝負であり、豊富な実績と強固な体制を持つ事務所が圧倒的に有利になります。
【プロポ時代の現実】若手設計者の生存戦略
「プロポーザルが増えた」という流れは、特に実績の少ない若い設計事務所にとって、極めて厳しい現実を突きつけています。実績や体制を重視するプロポは、大手・中堅が圧倒的に有利なフィールドです。
では、実績のない若手建築士はこの競争をどう生き抜き、キャリアを築けばいいのでしょうか?

実績ゼロから挑む3つの参入戦略
- 「専門領域」に絞り込む(ニッチ戦略): 総合力では大手に勝てません。**「保育園のデザインならこの人」「木造耐火のプロポならこの事務所」**といった、ニッチな専門領域を打ち出し、特定の分野での実績・知見を蓄積し、そのテーマに特化した公募案件に絞って参入します。
- 「公募型」の競争で実績を作る: 参加資格が緩い、もしくは**「意欲」や「地域貢献度」を評価対象に含めている公募型の案件で、まずは「選定プロセスに残った実績」**を作ること。これは、次の指名型プロポーザルに繋がる唯一の武器になります。
- チームアップ戦略: 資金力や実績のある異業種(デベロッパー、コンサルタントなど)と連携し、プロポーザルに必要な「体制」を補強することで、若手単独での弱点をカバーします。単独ではなく、チームとしての信用力で挑むのです。
競争入札の光と影:価格競争という現実
入札(一般競争入札など)は、主に自治体等の公的機関が設計者に向けて業務を発注する制度です。ここでは、入札金額から契約者が決まることが多く、**「いかに安く、質を担保できるか」**という、設計とは別の競争原理が働きます。
財源が税金で賄われる以上、できる限り安い価格で発注しなければならないという行政の論理は理解できます。しかし、**設計という仕事の質を価格で判断してよいのか?**という思いが、私たち実務者には常にあります。
入札は事務所経営の「安定化」に大きく寄与する一方で、設計者が報酬の適正化を主張しにくいという、構造的な課題を内包しています。安定と設計の質をどう両立させるかが、入札と向き合う上での永遠のテーマとなります。
設計者が知るべき競争の裏側(リスク管理)
「コンペやプロポには、すでに当選者が決まっている**『闇』**があるのか?」という話は、業界の噂として後を絶ちません。ニュースで談合などの不正が報じられるたび、不信感が増すのも当然です。
私たちは、ここで**「闇」の有無を詮索するのではなく、「どう向き合い、リスクを管理するか」**というプロとしての倫理観と経営判断を学ぶ必要があります。

労力と時間の投資対効果(ROI)を見極める
コンペやプロポーザルは、結局**「0か100」のギャンブルです。特に大規模案件のプロポーザルは、企画提案とはいえ、その実現性を高めるために設計案としてほぼ成立するレベルの労力を注ぎ込む**ことになります。落選したときのショックだけでなく、無報酬の労力が事務所の経営を圧迫します。
成功している設計事務所は、このリスクを回避するために以下の戦略をとっています。
- 指名型に絞る: 公募型ではなく、競争倍率が小さく、実績が評価されやすい指名型にターゲットを絞って参加する。
- 労力の見切り線: 「この労力で勝てなければ、諦める」という明確なコストラインを設定し、ギャンブルを避ける。
- 安定収入とのバランス: 入札などで安定的な収入源を確保しつつ、コンペやプロポーザルを**「宣伝費」や「技術開発」**の一環として位置づける。
また、審査員の非公開化や、プレゼンテーション時の匿名化など、透明性を高める努力も進んでいますが、地方都市などでは、応募者の声やスタイルで誰か分かってしまうといった現実もまだまだ存在します。業界の構造を理解した上で、冷静に戦略を立てることが重要です。
まとめ:これからの建築士キャリアと仕事の向き合い方
いかがでしたでしょうか?
建築設計の仕事の受注方式は、単なる手続きではなく、設計者としてのキャリア、哲学、そして事務所の経営を左右する重要な戦略です。

今後は人口減少に伴い、建築物の新設に税金が使われる機会はさらに減っていくでしょう。その中で、コンペ、プロポーザル、入札という既存の枠組みは、どのように変化していくのでしょうか?
大切なのは、どの方式に偏るかではなく、それぞれの特性を理解し、自分の強みをどう活かすかです。若手建築士の皆さんが、この厳しい競争の現実を知り、ご自身の建築士キャリアにおける最適な仕事の受注戦略を模索していくことを心から願っています。