建築の設計を志す学生が大人から必ず聞かれる質問の一つに、「好きな建築家は誰?」というものがあります。学生当時、この質問が苦手で、つい適当な建築家を答えていたという経験を持つ建築士は少なくありません。私自身もそうでしたし、事務所の新入社員も同様でした。

しかし、今現在、「こうなりたい」「こういう作風が好きだ」と思う対象を見つけることの重要性は計り知れません。今回は、好きな建築家を自分で見つけることに対する本質的な意味を、実務経験を交えて解説します。
「オリジナル」の正体を知る:真似から始まる創造性
建築学生の中には、「オリジナルにこだわりたいから」と建築作品をあまり見ない方もいますが、これは大きな誤解です。クリエイティブな分野において、真のオリジナルは「既存のものの深い理解と編集」によって生まれます。
知らないで似ているのは最悪である理由
私が学生時代に設計課題をしていた際、先生に「〇〇さんの建築に似ているね」と言われたことがあります。当時は驚きましたが、先生はこう続けました。
「〇〇さんの作品も見たことないの?知っていて似ているのはいい。知らないで似ているのは最悪だね」
当時は反発したくなる言葉でしたが、建築を学んでいくにつれて、この意図を理解するようになりました。
先生が言う「知っていて似ている」とは、自分なりに作品対象を深く理解した上で、その要素を自分の設計に編集して組み込んでいるということです。理解して真似て自分なりに設計をまとめることで、それはすでにオリジナルとなり得るのです。
著名クリエイターが語る「オリジナルはない」論
建築だけでなく、ものづくりを行う著名人も「オリジナル」について同様の発言をしています。
- 藤子F不二雄:「オリジナルは記憶の蓄積である」と語り、彼のアトリエにはさまざまな分野の書物が何万冊とあったと言います。これは、知識と経験のストックが創造性の源であることを示しています。
- 村上龍:「真のオリジナルは実は存在しておらず、それぞれの分野の組み合わせによって生じるものだ」と述べています。
ゼロから何かを完全に生み出すということは本当に稀なことであり、これらの言葉は、いかに先人たちの知恵を学び、組み合わせることが重要かを物語っています。
好きな建築家を見つける二つの理由
前置きが長くなりましたが、それだけ「オリジナルとは何か」を理解することが大切なのです。では本題の好きな建築家を見つける具体的な理由を掘り下げていきましょう。

【理由1】好きな建築家の作品から真似て「型」を学ぶ
先生の言葉を聞いてから、私は「いいな」と思った作品を積極的に真似ながら設計をするようになりました。その作品の設計を手がけた建築家を好きになり、深く学ぶというサイクルに入っていったのです。
私の場合、日本人建築家では安藤忠雄やSANAAの建築から、海外ではルイス・カーンなどから強い影響を受けました。彼らに共通するシンプルで明快なデザインの作風が好きであることに気づき、彼らの手法を徹底的に真似ました。
真似を駆使するうちに、その**「型」の使い方が上達し、今までより密度の高い設計を追求できるようになりました。そして、やがて人が見て「安藤さんに似てる」「SANAAっぽい」と言われることが徐々に減っていきました。このプロセスを通じて、ようやく自分らしい設計の特色**を掴むことができたのです。
【理由2】好きな作風と「間逆のもの」から視野を広げる
私は大学卒業後、就職活動を経て、シンプルで美しい建築を実現する事務所を選択しました。そこで実務経験を積む中で、「好きな設計スタイルで仕事ができているけれど、これだけでいいのかな」という葛藤が生まれました。
そこで私は、あえてその事務所を退職し、「木」にこだわりを持つ比較的規模の大きい組織に転職しました。最初は葛藤の毎日でしたが、素材に触れ、職人さんたちに教わりながら学ぶうちに、「木を使った建築もいいな」と強く感じ始めました。
その後、吉村順三さんや堀部安嗣さんの作品集を買い集め、木のもつ雰囲気を設計にどう生かすかを積極的に勉強するようになりました。シンプルで明快なコンクリート建築と温かい木の建築という、両極端な2つの設計スタイルを経験した時間は、私の設計経験における大きな財産となっています。
まとめ:何が好きかを知り、柔軟に変化を受け入れる
仕事をしていく上では、どんな建築が好きなのかを自身が知っていることが非常に重要です。この「好きの基準ライン」を自己設計していくことで、経験を重ねる上での迷いを減らし、自身を客観的に捉えることができます。
人生経験を重ねるうえで、好き・嫌いの感覚は必ず変化していきますし、建築設計スタイルも時代の流れに左右されます。
好きなことを知っていた上で、それと正反対のことを経験しておくことは、視野を広げることとなり、あなたの設計経験に価値を生み出すことになります。頭が凝り固まらない学生や若手のうちに、柔軟に向き合える経験を積んでおくことを強くおすすめします。