建築の働き方

就職氷河期に失った建築設計人材は今の時代に戻ってくるのか?

最近ネットのニュースで、2000年前後、つまりは平成バブル崩壊後から景気の底にあたったあたりに社会人となった就職氷河期世代の人たちを政府が集中支援することを検討しているという報道を見ました。

パウレタ(一級建築士)
おせえよ

それを見てついこうつぶやいた私、とはいえ、まあそれとは関係なく今生きている私なのですが、世代ということを考えると、あの時期の優秀であった建築設計の人材(もちろん他の業界の人材もそうですが)を得なかったもったいなさというのを企業や国にはひしと感じてほしいなと思う気持ちがあったりします。

就職氷河期世代とは?

まずこの時代に関する背景をおさらいしてみましょう。

バブル崩壊による不良債権処理が終了する2000年代はじめころまでの間、日本のほとんどの企業はただただ新卒者の採用を抑制し続けていました。というのも、長年の間終身雇用が神格化されている日本においては、一度正規に雇用をしてしまうと解雇には厳しい制限が付いてしまいます。ですので企業側としては主には新規採用を抑制調整、つまりは削減さざるおえないという苦肉の策をとっていたわけです。

パウレタ(一級建築士)
就職氷河期のピークには新卒の求人倍率は1倍を下回ったほどでしたね
現在ではその2倍もの回復をしているよな
先輩(一級建築士)
パウレタ(一級建築士)
ええ、かなり過酷であったわけなんですよね

現在では新卒に限らず間口の広い年代枠をもうけた採用対象としている企業も多くなってきてはいますが、まだ大半の日本企業は新卒採用の枠が狭いままの状態も多いです。つまりスタートでこけてしまったいわゆる氷河期世代に就職した学生と同じように、建築学生は自分が学んできた道を軌道修正せざるおえない、そんな人も多かったわけです。

私パウレタの学生時代は就職氷河期の後期あたり

おそらくパウレタの学生時代は就職氷河期の中にいたものと思われます。その終わりに近いくらいでしょうかね。

ずいぶん人ごとのようにしゃべるじゃないか?
先輩(一級建築士)
パウレタ(一級建築士)
ええww

なぜ人ごとのように振り返るのかというと、そういう全体の社会情勢とは距離を置くくらい、小規模な設計事務所で働こうと考え、実際にそういうところへ就職したからです。

ああいうところは時代とは一線をおいているように、スタッフが必要であれば採用してくれるし、そうでなければ断る。そんな感じでした。世の中がバブルであろうがそうでなかろうが、小さな建築を細々とつくっている建築設計事務所にはそんなに大した打撃はなかったわけです。

大手の設計事務所に入ったのは少数のエリート

あのときはほぼ自分の不安な将来にしか頭があまりいかなったわけですが、今思うと確かに、大手の組織設計事務所やゼネコンの設計部での採用条件はほとんど大学院卒であったと思います。そしてその募集枠もかなり少ない。それを全国の大学で優秀な成績をおさめた学生たちが狭き門に対してしのぎを削ることになるので、その当時選ばれた人はかなり優秀なエリート人材ではあると思います。同級生はかなり苦戦をしいられていたのを覚えています。

あふれてしまった建築設計人材は?

たしかに優秀な人材を少数確保できた企業はそのときはいいかもしれませんが、今となってはどうなのでしょうか?しのぎを削ってといいましたが、削られた側はいったい現在どうなっていったのか。

私が学生のときも建築学科はそれなりに人気のあるところであったので、学生もたくさんいましたし、設計を仕事にしていこうという同級生も多かったです。では、その人材は現在、どうなったかというと、私の知っている人たちのなかではハウスメーカーに行ったり、またはゼネコンの施工という立場で会社に入ったり。不動産関係の会社に入ってディベロッパーとして働いていたりと、王道の建築設計とまではいかなくとも、建築に携わる仕事をしています。

そしてもう、彼らに聞くと建築設計に関しての未練はなく、今の仕事を頑張ると言っています。家族もすでにいる人がほとんどですし、給料も建築設計の仕事にくらべてたくさんもらえるし安定しているというのが理由でしょう。

パウレタ(一級建築士)
そういえば大学の同級生で就職した優秀な人がいろいろ大手の設計事務所の雇用に引っかからなくてハウスメーカーに行ってしまったときはちょっと惜しい気持ちになりましたね
ハウスメーカーを悪くいうつもりはないんだけどねえ
先輩(一級建築士)
パウレタ(一級建築士)
設計課題や卒業設計で自由な発想で良いアイデアの設計をした人が、ある程度設計の枠が設定されている仕事にいってしまうのはもったいないなあなんて思ったりしてしまいましたね

就職氷河期の世代が一定数いる企業は将来性あり!

今私たちの世代は30~40代。もし企業の設計マンとしてばりばり仕事をこなして成長を遂げていたならば、設計のエースとして会社で稼ぐ働き頭として活躍していたでしょう。そういう世代がいない企業というのは、今後の成長があやうい可能性まで秘めてきます。より年がいった世代に仕事がのしかかっていくか、ちょっといる30~40代にそのすべてがのしかかるのか、さらには下の世代の教育が求められられるわけです。

パウレタ(一級建築士)
これはなかなか厳しいですね

もしかしたら、30~40代の建築設計人材がしっかりエースとなりつつ、しかも一定以上の人数がいるという設計企業、設計事務所であれば、将来性があるといえるかもしれませんね。これから就職しようとしている人は、その会社の世代人数もきっちりおさえてみてはいかがでしょうか。

就職氷河期に失った設計人材を引き戻せるのか?

では就職氷河期に失った設計人材を設計企業は引き戻すことができるのでしょうか?

パウレタ(一級建築士)
人材に関しては引き戻せるかもしれない。なんて思っている企業の人、遅いですよ。もうあの時期の人材はほとんどいませんよ~

個人事務所を取り入れようとする企業も多いと聞く

私のような小さな設計事務所で頑張っている人と提携したり、またはスカウトして引っこ抜いたりするしかないと私は思っています。

実際に私自身、よく大手の設計事務所の仕事をいっしょにさせてもらう年配のかたから、「来ないか?」みたいなニュアンスで誘いの言葉めいたものをかけられたりしていますし、「個人でやっていても大きい仕事なんてできないだろう」なんて言葉をかけてやんわり会社に引き入れようとしてきます。それだけ人材に穴が開いているということなのでしょう。他のそれなりに大きい設計事務所でもこの年代でいきのいい人材を求めてるという話は人づたいに聞いたことがあります。

一番働いてほしい年代の人材が、設計事務所にはいなくなっているということがこのことからよくわかるエピソードだね
先輩(一級建築士)

でも私は提携させてもらってお手伝いや共同で仕事はさせてもらっていますが、もう会社という組織に戻るつもりはありません。

パウレタ(一級建築士)
個人でやるたいへんさもありますが、個人でやっている自由さが自分は好きなんです

ということに働いていて気がついたからです。夜遅く終電まで会社にいて働いている友人を見てて、あのときに戻って仕事なんかできないな、と思います。もうそんな気力や体力なんかない。

自分のペースで稼ぎは少ないけど(ここはなんとかしないといけないなと思い、最近は一生懸命考えながら日々仕事をしているのですが)最低限やっていけるということがいいのかなと思っています。お金で時間を買ったような感じなのでしょうか。

まとめ

この問題はどのような形で解決に向かうのでしょうか。私としては大きい設計事務所や企業が私たちのような小さな設計事務所をうまく使う関係性を築いていくしかないのでしょうね。そういうフィクサー役となる職種がもしかしたらこれから生まれてくるかもしれません。

建築設計という道に進んでくる人たちにとって、独立して一人でやっていくことと会社に入って設計マンとして働くのとどちらがいいのかは、やっぱりその人次第なとことはやはりあります。

パウレタ(一級建築士)
私は小さく事業をやっていくと決めて今日もばりばり働いています

私自身はその自由さをかみしめながらも、将来は2000万?3000万は最低必要になるっていうことでしたので、も出てたのでそれらをどうこの仕事で蓄えていくかというのも良く考えてやっていこうかな思ってます!!

パウレタ(一級建築士)
死ぬまで働くしかないかも~

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