建築の働き方

建築家やお笑い芸人がつくろうとしている今の面白さとは?

私は自分のいる建築周辺の業界とそれ以外の業界を照らし合わせることがあります。無意識にではあるのですが、その作業をしながら考えてみるとなるほどそうだよな、と感じることがあったりします。もしかしたらこれはみなさんも感じていることがあったりするのではないでしょうか。

お笑い芸人と建築家

私はお笑いが好きです。

番組があると録画をしたり、また好きな芸人、気になった芸人がいるとその動画もチェックしたりすることが多いです。見て笑うだけでなく、なにかいろいろ考えさせられるのです。なぜそうかと考えてみると、私はお笑い業界建築家業界をよく照らし合わせることが多いからだということ気がつきました。お笑い芸人を建築家に置き換えて俯瞰していたのです。

ビートたけしは安藤忠雄

私は子供のころからテレビでお笑いを見てきては大いに笑わせていただきました。そのなかでテレビでいつも見ていたお笑い芸人らの立ち振る舞いや感性が、私の他者に対する空気のとりかたや人間関係にも少なからず影響しているような気がします。そして同じように私は建築という分野を生業にしていこうと決断し、建築の世界に足を踏み入れるにあたって、多大な影響を受けた人がいました。これも学生時代から私の建築という世界を見るにあたっての基準となっています。

たとえば、ビートたけし安藤忠雄にたとえます。

圧倒的な個性をカリスマ性という意味では、この人とこの人かなというイメージです。私がはじめて知ったお笑いの人はビートたけしでした。

そして建築家という存在をはじめて知ったのは安藤忠雄でした。どちらにも共通しているのは憧れの存在として、もうそういうものなんだという権威的な存在でした。あと両方のお弟子さんがあまり活躍していないイメージがあるのも少し似ているような気がします。いや、これは少し蛇足になるのかな。すみません。

ダウンタウンはSANNA

学生になってからよくテレビを見ていたのはダウンタウンの番組で、これこそお笑いだとテレビにかぶりついて見ては、大笑いしていたと思います。おそらくぼくのお笑いの基準は彼らです。そしてぼくぐらいの世代のお笑い芸人も常にリスペクトし、目指す存在はダウンタウンであったようです。一時は若手芸人が彼らの真似をし、そこから迷い抜け出せない「ダウンタウン病」というのが蔓延していたというのを聞いたことがあります。

そしてSANNAという存在は、学生時代、私が大きく影響を受けた建築家ユニットです。何か建築をつくるたびに彼らの作品がひきあいに出しましたし、ぼくのまわりの建築を志す仲間も彼らの建築作品をあげていました。彼らのコンペの表現も真似していました。これはぼくらの世代の学生であればあるあるなのではないくらいです(どっちがどっちかというのは不明)。この人たちの存在がぼくらの表現を操作してしまったのです。前者でいう「ダウンタウン病」ならぬ「SANNA病」といってもいいくらいです。

SMAPはシーラカンス

SMAPはお笑い芸人ではありません。でもジャニーズというアイドルの集団のなかで、歌やダンスだけでなく俳優、またはたお笑いにチャレンジしているのをテレビで見たときにある驚きがあったことを今でもおぼえています。こういうアプローチがあるのだ。と。

そしてシーラカンスという存在は建築家が複数あつまったユニット集団で、それはあるコンペで学生時代に最優秀賞をとったことから結成されています。学生でも大きい建物を建てれるんだという驚きは、SMAPのそれに近いのかな、と直感的にただ私は感じました。またメンバーそれぞれが大学の教員をやっているなど、個性がある部分もそれに近い。

M-1グランプリ は卒業設計日本一せんだいデザインリーグ

特に好きなのは「M-1グランプリ」です。この番組は若手漫才師が自分らが一番面白いことを信じながら、必死こいてつくりあげてきたネタを憧れの芸人審査員、そして会場、そしてテレビのむこうにいる私たち視聴者にぶちまける番組です。年一回しかない番組なのですが、お笑いの番組であるのにもかかわらずテレビをとおして感じる緊張感がなんともいえない空気感をつくりあげている不思議な番組なんです。

写真)「卒業設計日本一せんだいデザインリーグ」会場の仙台メディアテーク(撮影:パウレタ)

あの緊張感に近い建築のイベントがあります。「卒業設計日本一せんだいデザインリーグ」です。学生たちが自分の考えた設計案を名だたる建築家の前で披露します。私も学生時代この大会に出展参加したことがありますが、審査の前の私たち学生らの緊張感は「M-1グランプリ」のそれに匹敵するのではないかと今でも思っています。

どういう笑いが今面白いのかという若手漫才師と卒業設計で自分の考えを伝えようともがいている建築学生(建築家の卵と言っていいでしょう)の熱意がリンクしたのです。

お笑い芸人と建築家の世界をリンクさせた意味は現実を見つめるためだ!

「建築家をお笑い芸人に置き換えてみると面白いだろ?」

私が言いたいのはそういうことではありません。では何をまず言いたいのか?それは

「もう、テレビにおいて、ビートたけしやダウンタウン、SMAPのような存在がでてこないであろうということ」

そして

「もう、建築家として安藤忠雄やSANNA、シーラカンスのような存在がでてこないということ」

です。

「そんなのわかっているわ!」

と思っている人もいるかと思います。でもどこかで、私たちは、自分がまだ子供のころ、学生だったころの理想を追い求めているのです。心の片隅に。だから、どこかで同じ行動を無意識にしてしまっているのです。

でもそれは意味がありません。時代が異なるからです。それにつきます。

それをわかったうえで、私たちはおのおのお笑い活動、または建築設計活動をおこなっていかなきゃいけないのです。あれを目指してはいけないし、どんなにがんばっても彼らみたいにはなれないんだよ、と。

お笑い芸人の今

では、今、お笑いの世界で若い人はどうなっているのか、テレビを見ればよくわかります。まだまだ大御所たちはやめる気配がない。中堅芸人がやるMCも大体うまっています。ネタを見せる番組も少ないです。お笑いの大きな大会に優勝はしても、そのときの特需は1、2年は続くかもしれませんが、その先安泰しているわけではありません。

実際にはもはやお笑い芸人なのかどうなのか、いう存在でテレビに出ている人もいます。○○芸人やコメンテーター、司会に徹して、テレビに出て仕事を受けるにはどうしたらいいか、というお笑い芸人たちの葛藤がテレビから伝わります。単なる視聴者である私にでさえ。

建築家の今

さて、建築家ではどうでしょうか。最近国内では若手がぐっと抜き出るような設計コンペみたいなものはほとんどありません。建築メディアも私が学生時代であったときほど影響力も少なくなってきました。ネットの影響もあったりするでしょう。そして何より、建築が新しく建つという状況が少なくなってきている。作品をだして、コンペを勝って、なんていういわゆる建築家すごろくも今は昔の話です。

ではお笑い芸人のように建築を設計するために何か他の肩書きを持っていなければならないのでしょうか?学校の先生として。設計だけでなく施工する現場監督として、職人として。不動産を扱う側の人間として。文章を書くもの書きとして。建築以外の何かを設計する○○デザイナーとして。建築以外を表現するアーティストとして。などなど。

自分が生きる世界はいったいどこにあるのか、自分が好きなことまたはできることはなんなのだろうか。それを見つけるセンスがこれからもっと必要になってくるでしょう。どんどんネットが拡大してもテレビはまだなくならないし、人が生きている以上、建築もなくならない。でも居場所がなかなか見つからない。こんな時代とその未来をどう予測しながら生きていくかということが、今のつくるという言葉にあてはまる気がします。

さあ、今日もつくろう!納得のいく今という面白さを!!

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